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アヤワスカ治療体系の輸入とスピリチュアル分野について

 アヤワスカという言葉が指すものは、

①「魂の蔓」という精神的な意味
②つる植物、バニステリオプシス・カーピ(Banisteriopsis Caapi)のこと
③B・カーピとサイコトリア・ビリディスなどを一緒に煮込んだドロドロのお茶のこと
④向精神活性のあるお茶で病気の治療を行う治療体系全般のこと

 があります。

 2020年2月現在、アヤワスカに関連する技術のうち、お茶を作る技術までは輸入できました。ここまでは科学的に再現が可能なので、近代以降の社会の得意分野といえます。協力してくださった皆さんに感謝。
 アマゾン現地ではさらに、このお茶を利用して精神的なケアをする療術が発展しています。この技術はまだ多分に属人的且つ科学の範疇外なので、輸入に手間取っている状況が三年前から続いています。しかし確かに技術として存在します。

 この部分、つまり「向こう岸の存在にコンタクトを取って頼み事をしたり契約したりする技術」は、ざっくり要するにスピリチュアルと呼ばれる分野です。

 概観、日本のスピリチュアル分野は非常に狭い範囲で盛んであり、百花繚乱玉石混交、詐欺も横行している極めて混乱した状況です。このままお茶のアヤワスカだけが広まると、ユーザーさんがそういったものに搾取される危険性が高まると思われます。

 お金をだまし取られるだけならまだましで、死ぬまたは死ぬよりひどい目に遭う可能性だってあります。それが人の精神に効果的に影響を及ぼせる手法ならなおさらです。

 自衛する必要があります。

 以下、効果的な自衛手段とスピリチュアル業界の渡り歩き方をリアルタイムでまとめていきます。
 このページの下にあるコメント欄でこのページに対する意見やこんなことがあったよという情報を広く募集していますので、ぜひご参加お願いします。

(理解できなかったという意見がけっこう来たので、分かりやすく伝えます。下にスクロールするにつれて詳しく、そして難しくなります。まとめ1,2,3はすべて同じことを言っています)

まとめ

・人は物語に動かされる。
・物語は、物や事に意味をつけることで生まれる。(物を語る)
・この意味を付ける時にエゴで動くと、語りではなく騙り(かたり、だますの意味)になる。
・騙りを信じるとマインドブロックが生まれる。ただしこのブロックは人のレベルの軽いやつ。
・真理を分かっているくせに、それを捻じ曲げて悪意を乗せて伝えると、これがもっと凶悪になる。
・お茶などで上と繋がれる力を持ってしまうと、上の凶悪な力を知らず使えてしまう。そうすると大災害につながる。なのでこの構造を理解する必要がある。
・悪い人たちはこの構造に極めて詳しいうえ、繊細に丁寧に慎重に悪意を乗せてくる。

まとめ2

 私たちは現在、お茶などで普通に暮らしていたら知り得ない情報を引き出してくることができるようになりました。(=シャーマンの魔法)
 それとは別に、「社会を動かすために仕方なく」とか「私利私欲」とか「エゴ」とか「金が欲しい」などが原因で、古代から人はよく神を騙ります。
それがいわゆるプロパガンダや広告と言われるものに発展していきました。(=司祭の魔法)

※分かりやすいプロパガンダの構造とその成立の歴史的経緯
どうして女性向けのマナー広告って一言多いの?

 マインドブロックのいくつかは、この他人が騙った神の声を鵜呑みにすることで発生します。
 この二つ、シャーマン魔法と司祭魔法を区別しないと、せっかくマインドブロックを外してもまた元の木阿弥になります。
 構造は単純。司祭魔法は「権威→モチーフ→感情」という一連のフレーズ、言葉の流れがあります。

権威について:
 最初期は神だけを騙っていたわけですが、近代以降は「国が言っていた」「医者が言っていた」「偉い人が言っていた」「自然の声」など、騙る権威は多岐に渡ります。

モチーフについて:
  象徴的なものを出すことで、人の意識下に滑り込ませやすくなります。分かりやすい例で言うとたとえば、
バナナ、象、キノコ
とか。

感情について:
  煽動したい感情が選択されます。社会活動をしたいのであれば「許せない」「損だ」など。

 うまい人は、一見真理に見えるものを巧妙~に使ってこの司祭魔法を撃ってきます。一見正しい、でもその下には選民思想や金の誘導などのエゴが含まれている。これを初見で弾くためには司祭魔法の構造を理解しておく必要があります。

 ちなみに、この巧妙な司祭魔法にかかってしまうと、それを他人に喋って巻き込んで自分も他人もひどい状況を発生させます。認知の歪みが感染していくわけです。厄介なことに、これは脳にとってとても気持ちいい行為です。アドレナリン中毒を引き起こします。
 気持ちがいいもんだから、グループを築いて正しいことをいう人をリンチしたりといった行為に及びます。これは学級会ムーブという言葉で呼ばれることもあります。

まとめ③

①司祭魔法(宗教やコマーシャル、プロパガンダ)の構造を理解する

 これらは「ものに意味を付ける」という行為が大元となります。
 たとえば、「薪がいっぱいあるのにもったいなくて燃やせない」みたいな発言に対し、「自然(植物)を大切にしなければ、というメッセージでは?」という意味付けを行うなど。
 もしこの意味付けを受け入れたとすると、受け入れた人は薪を燃やせなくなって、灰が作れなくなり、カリウムが畑に循環しなくなり、損を受ける。
 まあこの例だけなら害が及ぶのは自分だけなのでまだマシなのですが、たとえば「自然派の○○って人が実践しているマコモダケを2ヶ月発酵させたマコモ風呂が創傷に効く」という情報が流れたとします。当然嘘ですよ? で、それを受け入れた母親がいたとします。切り傷を作った子どもをその風呂に入れて、雑菌うようよなので化膿するわけですが、その化膿を「好転反応だ」などさらに意味を上塗りして弱っていく子どもをその風呂に入れ続けドツボにハマっていく。

 この例で共通しているのは、「ものに意味を付ける」という行為です。
 これは悪用がかなりできます。資本主義社会で生きるうえでは、これを丁寧に防御しながら生きていく必要があります。
 基本的には「権威→モチーフ→感情」という一連の流れで意味を付けてきます。
 上記の例では、「自然(権威)→植物(モチーフ)→大切にしたい(感情)」「自然派の○○って人(権威)→マコモ(モチーフ)→効く(感情)」という形です。
 テレビやラジオや他人の発したこれを真に受けて他の人に言ってしまう感染型と、それを自分で作り出して悪用する自発型がいます。
 善意悪意関係なく、これらは受け入れる前に一旦防御することを推奨します。

②発言者のインセンティブを理解する

 ①で説明したプロパガンダ群の中には、まれに本当に役立つ情報が紛れ込んでいます。発言者がどういう意図で発言したのかを精査し、そこに他意がなく、リスクが少なく、コストも少なく、そしてベネフィットがあるのであれば、メモしておいて一旦受け入れて実践してみます。それで思わぬ事故や不具合が起こったのであれば即座に自分から切り離します。
 切り離す方法として、入れたばかりなら意識するだけで抜けます。長年入れてしまって癖になっていたり身に染みてしまっている場合、アヤワスカなどを使って抜きます。ヒーリングも有効ですが、本当に信用できる人にしか頼めないのと、技術者が圧倒的に少ないのが難点です。

③マウントを避ける

 宗教を作ろうとしている人、もしくは特定の信仰のある人はマウントを取りがちです。
 たとえば「伊勢神宮で神を見たけれども突如変身して化物のような風体になった」との発言(これも大概ですが、主観的情報を意図なく伝えている点でプロパガンダとは異なる)に対し、「伊勢の暴れ神、一目連こと天目一箇神様の仕業じゃ。神領民ならわかるはずじゃ!」と応対される。
 よく聞くと本人は冗談のつもりだったようですが、これも①で説明した通り「権威→モチーフ、感情」という流れで煽ってきていることがわかります。
 物や事象に意味を付与し、相手に押し付け、マウントを取ろうとする行為は総じて宗教を形成します。高圧的であろうと優しかろうとそれは変わりません。

④情報を選別する

 判断基準となる基本的な情報を選り分けます。とりあえずの指標として、客観的情報、主観的情報、他人の主観、この三つに分けています。(情報工学や法学出身の方、助言ください)

 まず客観的情報。
 再現性がとれていて、科学的に正しいとされている情報。なにはなくともこれが指針となります。これに反していたら大体上記①のプロパガンダです。なのでスピリチュアルに分け入ろうとする人は、科学をきっちりしっかり勉強しておく必要があります。でないと呑まれて溺れます。

 次に主観的情報。
 アヤワスカなどを摂取して向こう岸が見られるようになると、この情報がたくさん増えてきます。牛や馬の化物に出会ったり、神と話をしたり、精霊に助けを求めたり。同じ存在でも人によって見え方が違うため、基本的に体験をシェアすることはできません。慣れた人同士で且つ理解のある人同士が対面で紙とペンを用意し、上記①②③に気を付けて直接話す、くらいの慎重さが求められます。

 最後に他人の主観。
 これは基本的に無視してかまいません。①②③が発生するからです。
 しかし、反知性主義と切り捨てるばかりでは逆に一歩も動けません。
 何か精神的な問題があり、スピリチュアルを試すしかない境遇の人は、上記①②③を回避しつつ自身の蓄えた客観的情報を羅針盤にして、他人の主観をふるいにかけ、自らの主観的情報を増やしていく。
 で、失敗したらすぐさま入れた情報を抜く。

 以上、①~④に気を付けて生活していると、自らの課題が主観的情報の蓄積により浮き彫りになっていくと思います。
 師匠格の人がいると最も早いのですが、日本はそういう精神的なものを70年も軽視してきたため圧倒的に技術者が少ないです。
 それでももし出会ったら、その人が愛に基づいて行動しているかどうか、その人が解決していない課題は何か、この二つを見抜きましょう。
 もし愛に基づいていなかったら関わること自体をやめるべきだし、解決していない課題があればその課題をその人に頼るのをやめて、別の人をセカンドオピニオンとして付けるべきです。
 ここでいう愛とは、定義が難しいのでとりあえずセロトニン酔いとします。ハグやペットを撫でるなどの行為で発生する酔いで、アヤワスカを飲むと感じ取りやすくなります。
 これに対してドーパミンで動く人たちがいます。これも巷では愛と呼んだりしますが、セロトニン酔いの愛と分けるために恢(はい)と呼んで区別しています。その方が精神の健康にいい。

 まだまだ未熟なので、至らない部分があるかと思います。あれば下のコメント欄で指摘してください。こんなことがあったよーなども大歓迎です。
 よろしくお願いします。

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